英国のリーダーシップ
2020年1月1日
竹之下 泰志
イギリスで生活をしていて肌で感じるのは2015年の総選挙以降、4年間のブレキジット(英国の欧州連合からの離脱)騒動を通じて、風は常にブレキジット実現の方向に吹いていたということだ。
ほとんどの有識者が、英国が欧州連合から離脱することに経済合理性はなく、地政学的にもリスクが高い、そして欧州にも政治、経済的なダメージを与えると、反対。支持率の高かった当時のキャメロン首相も全面的にブレキジット反対の立場をとった。最後にはアメリカのオバマ大統領を筆頭として世界主要国のリーダーがこぞって英国は欧州連合残るべきだと主張した。
それにも関わらず、当初は優勢だった欧州連合残留派は、一貫してその支持者層を失い続け、結果的に2016年の離脱の是非を問うた国民投票は、離脱派が僅差で勝つことになった。
その後も、欧州との離脱プロセスの交渉が予測されていた通り、紛糾する中で、残留派には、内閣不信任案の決議や、やり直し国民投票を求める機会は何度も訪れた。しかし、野党の意見はまとまらず、結果的に昨年12月の総選挙で「ブレキジットの貫徹」を約束したジョンソン氏率いる保守党が決定的な過半数を獲得した。
ジョンソン氏は、普通の尺度で見れば問題発言、虚偽行為、女性問題等、多くの「欠陥」を持つ政治家だが、それにも関わらず党内で圧倒的な支持を得てメイ首相の後任に指名され、その人気は総選挙の期間中も変わらなかった。そして選挙戦最後の4週間は、ジョンソン氏の足元を掬おうとしていた極右のブレキジット党が一方的に多数の選挙区から撤退する、最大野党の労働党のコービン党首がユダヤ人への人種差別問題で自滅するなど、「神風が吹いた」状況だった。
昨年2月にフランスのオランド元大統領とブレキジットについて歓談する機会があった。彼曰く、「国のトップに立つリーダーの仕事は、国民が互いに啀み合う形で分裂する中、うまく最大公約数を見付け出し、与えられた状況の中で最良の策をとっていくこと。そして、国民や社会の仕組みが戸惑うような大きな変化をできるだけ避け、政体や社会への信頼を損なうことに決してならないようにすること」。しかし、オランド氏は、若輩マクロン氏の意表を突いた大統領選出馬表明(オランド元大統領自身の言葉)で再選の機会を失い、フランスは、「大きな変化」を約束するマクロン氏を大統領に選んだ。
ジョンソン首相は、対抗候補を批判する際に「あいつは只の執務家だ。リーダーではない」というセリフを良く使う。欧州残留派の面々も、時代遅れの制度にしがみつく執務家達と切り捨てた。
後数週間で英国は欧州連合を離脱する。離脱の後の外交や貿易の枠組みは全く決まっていない。常に世界の優等生的な立場にあった英国にとっては、異次元に突入する状況ではあるが、ブレキジットが、まだ上手く認知出来ない新しい時代の潮流の一つの現象で、英国は他国に先立って「大きな変化」へ一歩踏み込んだとも考えられなくはない。
オランド元大統領の穏和姿勢とは対極的に、社会制度への不満、格差など、イギリス社会の抱える問題を露呈、国民の不和を鮮明にする役割を果たしてきたジョンソン氏。「執務家達」を退け、首相に就任、総選挙でも圧勝し、強大な権力を手にした。
時代の風は何故、英国をブレキジットの方向へ押したのか。そしてジョンソン氏に首相の座を与えたのか。この「道化人」はリーダーに豹変し、新たな政界秩序の先駆者となるのか。ジョンソン政権は期待外れのワンポイントで終わるとシニカルに見ている国民も多いが、その意見が正しいとすると、漂流の危険に晒される英国のリーダーシップを誰が取るのか。
ジョンソン首相の、そしてブレキジットと今の政治の状態を作り出した英国民の真価が問われる2020年代の始まりである。